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トークネットのコミュニケーションマガジン

「アルパインローズ」シェフ
西 芳照 氏(にし よしてる)

プロフィール
1997年、JFAナショナルトレーニングセンターJヴィレッジのレストランに勤務。99年総料理長に就任。2004年からサッカー日本代表の専属シェフとして帯同。2011年、Jヴィレッジ内に「ハーフタイム」、広野町二ッ沼公園内に「アルパインローズ」オープン。著書に『サムライブルーの料理人』『サムライブルーの料理人3・11後の福島から』『世界と闘うサムライブルーの必勝ごはん』。

広野町レストラン「アルパインローズ」
福島県双葉郡広野町大字下北迫字二ッ沼46-1
TEL.0240-27-1110
HP.http://www.alpinerose.jp

サムライブルーが信頼する専属シェフの奮闘

サッカー日本代表の選手たちを食事の面でサポートする帯同シェフ。
ふるさと福島のために地域で頑張る人たちを料理で癒やすレストランシェフ。
二つのステージで活躍する料理人、西芳照さんがそれぞれに懸ける想いについて伺いました。

帯同シェフの役割

サッカー日本代表の専属シェフとして、西さんが初めて遠征に帯同したのは2004年。シンガポールで行われたワールドカップドイツ大会アジア地区予選の時でした。以来、2014年6月に開催されたブラジル大会を含め、50回以上の海外遠征試合に帯同し、選手やスタッフを食事で支えるという役割を担ってきました。

「帯同シェフになりたての頃は、衛生的な食事環境を作ることと、安全な食材を使うことを第一に考え実践してきました。特に、水には細心の注意を払っています」

日本の衛生管理の方法を現地のホテル厨房スタッフに理解してもらうのは、容易ではなかったそうです。しかも、日本人のアシスタントはいないので、すべて西さん一人で対応しなければなりません。

「実は、英会話は中学生の基礎英語ですが、厨房では何とか通じますよ。まず自分で実践して、笑顔で優しく教えると伝わることが多い。料理は世界共通のコミュニケーションツールです」

西さんが人知れず行っている厨房での楽しい雰囲気づくりは、選手たちにおいしい料理を提供する上でもかかせません。

食事を楽しんでもらう工夫

「遠征先の国によっては、治安が心配なところもあるので外出は規制され、選手もスタッフも、ほとんどホテルと練習場の往復のみです。食事以外の楽しみは、ほぼないという状態ですので、いろいろな工夫をして、美味しくて楽しい食卓になるよう心掛けています」

美味しく味わえるとは、例えば温かい料理は温かく、麺料理なら茹でたての状態で食べられること。食卓の前で調理するライブクッキングは、そんな西さんの思いから取り入れられたスタイルです。

「唯一の楽しみである食事に、食欲をそそらない料理は出せません。それに、食べないと体力が持ちませんからね。メニューは食べ慣れた和食が中心ですが、時にはサプライズメニューや、なごみのメニューとしてお好み焼きやラーメンを出すこともあるんですよ

ライブクッキングのスタイルにしてから、選手たちが食卓にいる時間が少し長くなったような気がするという西さん。人はおいしい料理があれば集まり、その味について語りたくなるものです。西さんの作る料理はチームのコミュニケーションづくりにも一役買っています。

料理人の道への挑戦

西さんの出身は福島県南相馬市(旧小高町)。地元の高校を卒業後、東京で予備校に通っていました。料理の道を志したのは、居酒屋でのアルバイトがきっかけです。

「性に合っていたんでしょうね。仕事を覚えるとおもしろくなってきて。ふるさとの小高には居酒屋が1軒もなかったので、いつか自分がお店を出したいと思っていました。そのうち料理を作る方にも興味を持ち、料理人を目指すようになったんです」

やるからには一流の店で。京懐石「よこい」などで和食の修行を積んだ後、独り立ちを勧められ、当時、自民党会館の隣にあった懐石料理店の料理長を務めました。そして1997年、転機が訪れます。

「福島県と日本サッカー協会と東京電力が共同で、総合スポーツ施設Jヴィレッジを地元に建てていることを知ったんです。そこで、調理場の募集はないか役場に問い合わせたところ、東京の事務所を紹介され採用されました」

家族とともに福島へ戻った西さんは、Jヴィレッジのレストラン『アルパインローズ』で働き始め、2年後には総料理長に就任。合宿選手用食堂『ハーフタイム』も任されます。

「施設は小学生から日本代表のプロスポーツ選手まで利用します。食事メニューは管理栄養士と相談しながら決めていました。いろいろ勉強させてもらいましたね。その後、帯同シェフとして遠征についていけたのも、この時の経験のおかげです」

ふるさとのために

2011年3月11日。東日本大震災は、西さんにより強く“ふるさと„を意識させる出来事でもありました。震災後、Jヴィレッジは原発事故の収束拠点施設となり、西さんはレストラン事業を委託されていた会社の東京本社に勤務することになりました。

「東京に避難しているということと、料理を作らない日々に違和感を覚えていました。そんなある日、Jヴィレッジで原発事故の収束に向けて働いている作業員のために、温かい食事を提供してくれないかと依頼があったんです」

ふるさとのために自分にできることをしよう。西さんは福島に戻ることを決意。2011年9月に『ハーフタイム』の営業を再開しました。その後、11月に広野町二ッ沼総合公園内にある、ふるさと広野館2階に『アルパインローズ』をオープン。いつかJヴィレッジのアルパインローズも再開できることを願い、同じ名前を付けました。

二つのレストランは、困難な状況の中で人と人がつながる安らぎの場であるとともに、西さんの挑戦の場でもありました。

「広野町のレストランには、日本代表の選手たちや監督、サポーターなど、たくさんの方々が来てくれて、激励していただきました」

西さんは今、サッカー日本代表“24番目の選手„として、次のワールドカップロシア大会を目指し、挑戦を続けています。

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vol.09 2014
(PDF 9.8MB)

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